埼玉県立歴史と民俗の博物館友の会 会報 JUNO 185号
2026年(令和8年)2月10日 埼玉県立歴史と民俗の博物館友の会 発行 ☆さいたま市大宮区高鼻町4-219
[埼玉県立歴史と民俗の博物館友の会ホームページ]
[[友の会交流ブログ](会の活動を紹介)
[埼玉県立歴史と民俗の博物館ホームページ]


<巻頭エッセイ>

      小笠原を旅して   髙瀬敏男(友の会常任理事)

 昨年4月初旬、小笠原へ旅した。東京から南へ遥か1,000km、太平洋上に浮かぶ大小30余りの島々からなる海洋島である。海底での火山活動の結果、4800万年前に父島・聟島列島が、4400万年前に母島列島が誕生した。大陸と一度も地続きになったことがないため、海流、風、鳥などによって運ばれて来た動植物は独自の進化を遂げ、東洋のガラパゴスとも呼ばれている。幕末・明治以降に人の手が入りその自然環境はかなり損なわれて来てはいるが、現在でも多くの固有種が見られ、植物で36%、昆虫類では28%、陸産貝類では94%に達しているという。  (写真は父島南岸、高さ200mの断崖に顔を見せる千尋岩(ハートロック))
 小笠原へ旅するには週1便の父島行き定期船に依るしかない。片道24時間を要し往復するには6日がかり(船中2泊、島で3泊)。母島へは父島から週5便の定期船でさらに2時間かかる。島に空港があればと思うが、何通りも検討されて来たが自然環境保護等の諸条件から実現するには至っていない。
 小笠原に着いて父島では南岸にある千尋岩(通称ハートロック)までのトレッキング、海上でのホエールウォッチング・入島制限のある南島へのツアー、母島では半日観光に参加した。小笠原では集落地などを除いた陸地の大部分と一部の海域が世界自然遺産の区域となっており、その多くの部分が森林生態系保護地域に指定されている。外来種の侵入や移動を防ぐため、森林生態系保護区域に入るには、靴底の泥や種などを除去する作業が必要で、ハートロックトレッキングや父島から南島・母島に渡る際にはその作業が必要だ。トレッキングのルートは地図には無い旧軍用道路の跡をたどり、多くの固有植物が繁る乾性低木林の中を、固有植物だけでなく所どころに朽ちた旧軍用車両の残骸や旧軍の施設跡が残る風景も観察しながら、ハートロックの頂上までを往復した。海上に出てはイルカの群泳・クジラの浮上など目を凝らして眺め、入り江の奥に沈む戦時下撃沈された船の残骸を遠望したりして、入島制限のある南島に上陸した。母島上陸は短時間だったので、もしまた来島する機会があれば、小笠原一の高さ462mの山があり父島とは異なる湿性高木林が茂る山中をトレッキングしたいと思った。
 小笠原諸島は、1593年(文禄2年)信州深志(松本)城主小笠原長時の曾孫貞頼が発見したとの伝承があり、1675年(延宝3年)には、幕命により伊豆の代官伊奈忠易が小笠原の島々の巡検調査を行い、地図・海図を作成し幕府に報告している。しかしその後は無関心のまま放っておかれ、幕末に至るまでの間は欧米の艦船がしばしば訪れており、幕末には少数の欧米系の人々が定住するようになった。1853年(嘉永3年)ペリー提督の来島もあり、幕府は1861年(文久元年)咸臨丸を派遣し調査・開拓の動きを見せたが、本格的に開拓が進められるようになったのは、明治8年(1975年)明治政府による明治丸派遣以降である。伊奈忠易の巡検調査を行った際に作成された地図は、小笠原が日本領土となる原点となった。
 小笠原は日本の歴史に組み込まれて日は浅いが、先の大戦では島民7千人の大部分が本土に強制移住を強いられ、戦後は米軍統治下で帰島はかなわず、昭和43年(1968年)本土復帰に至って帰島が可能となった。しかし現在の人口は父島母島合わせても2千6百人ほどである。皮肉なことに占領下の23年間は島に開発の手が入らず貴重な自然が残されることとなったが、その反面、人が持ち込んだ動物たちによって島の貴重な固有種は甚大な被害被った。聟島では放牧され置き去りにされ野生化したノヤギの食害により生態系が破壊され、父島などでは家ネコの野生化したノネコの食害により固有種の鳥類が絶滅の危機に瀕し母島では海鳥の繁殖地が消滅寸前まで追込まれたという。現在ではヤギは駆除され父島に少数頭残るのみとなり植生は回復基調にあり、ノネコは捕獲し(トレッキングの山中で仕掛けられたわなを見かけた)元の家ネコに戻す社会復帰措置が講じられている。また占領下に持ち込まれた北米原産のトカゲの一種グリーンアノールの食害によりチョウやトンボなどの固有昆虫類が大幅に個体数を減らしていることに対し、防除柵やトラップの設置により捕獲作戦が行われているが、ノネコが捕食していた外来のクマネズミを根絶することなどに向けての対策は未だこれからのようである。人の居住と自然保護を両立させるのは甚だむづかしい。
 小笠原は全部の島の面積を合わせても104㎢にしかならず、父島24㎢、母島20㎢は伊豆七島の新島と御蔵島の面積とほぼ同じの小さな島であるが、この小さな島の存在により世界第6位といわれる日本の排他的経済水域が確保されている。さらには南鳥島付近の海底には希少金属のレアアースがほぼ無尽蔵に眠っているといわれており、世界自然遺産とあわせて宝の島といえる。東洋のガラパゴスとも称されるこの地域を後世に伝えるためには、オーバーツーリズムとは縁遠い地域のままであってほしいと感じた次第である。


友の会の20年で記憶に残る3つの事業(前号「友の会の20年」の続き)
筑井信明(友の会代表理事)

 東北大震災の少し前、2009年(平成21年)からになりますが、友の会では2年間にわたり能楽開催、冊子発行、ビデオ制作―という3つの大きな事業を連続して行いました。能楽では実際に「能舞台」をつくり、能楽師を招いての舞台公演を開催し、『能・狂言 これがポイント』という16ページの冊子も作成しています。『日光御成道 散歩マップ 岩槻の巻Ⅰ、Ⅱ』というA3サイズ2枚構成のイラストマップも作りました。その翌年(2012年)には『時の旅人―岩槻編』という17分弱の映像(ビデオ)を制作しています。私(筑井)はこれらの直前から会の役員として事業に関係しました。一部不明な部分もありますが、記録に残したいと思います。友の会の発会まもなくの時期にこうした活発な活動ができたことは今では信じられない気もしますが、契機としては、この当時「花王コミュニティ・ミュージアム・プログラム」という文化団体への助成事業があり2009年と2010年の2年連続で当会がこの助成を受けるという幸運があってのことでした。初年度の事業がこの舞台開催を中心とする「能楽ワークショップ」ということで、まず3月に「能楽」を開催し、続いてその年に冊子『能・狂言 これがポイント』を発行しています。当然、こうした事業決定は博物館の強力な後援がなければできないことですが、この時の博物館副館長井上肇氏などのご尽力の賜物と思います。さらに友の会の役員もほとんど60代の若さ(!)であったことも幸いしました。
 舞台も背景も会員が手作り─能楽の開催
 右の写真は2009年(平成21年)3月に開かれたこの時の能舞台の模様です。「翁」の舞いでの演者はシテ方観世流の梅若泰志氏ら3名。囃子方では笛方一噌流、小太鼓幸清流、太鼓方大倉流、太鼓方金春流の各派の演奏者に登場いただきました。演者・奏者は一流ですし、一見、立派な舞台に見えます。が、よく見ると不思議な部分も目につきます。これは博物館友の会の会員が知恵を出し合ってつくりあげたこの日だけの仮舞台なのです。まずは舞台の設営で、平坦な講堂の床上に、高さ30センチの立方体の箱を20個つくって並べて舞台とすることを決め、役員総出で用意した板材を加工して作り上げました。その舞台の床に白い布を敷き、背景の老松の原画もそれが描かれた大きな幕も役員(女性のTさん、Kさん)が見事に制作したものです。原画を大拡大し役員総出で色付けという大変な作業だったようです。大事な目つけ柱を建てると、舞台は完成。ただの講堂が能楽堂に変身した瞬間でした。出演の能楽師や囃子方のメンバーとどう連絡をつけたのかなどの詳細は知りませんが、当時、さいたま芸術劇場での里神楽公演にも協力していた関係ということです。
  小冊子も作成
『能・狂言 これがポイント』という冊子も会員の協力で作成しました。これも結構大変で、数名の委員がそれぞれ担当範囲を決めて執筆し、休日や平日の夜、大宮駅前の「シーノ大宮」の会議室に集まって意見を出し合いました。裏表紙に雛飾りの五人囃子が入ったひな人形セットを使いたいということで岩槻の老舗人形店である東玉にお願いしてデータを送っていただきました。表紙の印刷もグラデーションを活かしたなかなか凝ったデザインです。役員の手によるイラストマップも作成しました。
 ビデオ撮影に真夏の岩槻の街を歩く
三つ目の事業であるビデオ制作についてもほぼ同じ役員体制でやりました。助成事業のテーマの中心は「人形の街・岩槻」ということでした。埼玉県の岩槻地区は江戸時代を通して岩槻城を中心とした城下町として栄え、また「ひな人形の産地」としても有名です。そこで動画のストーリーを<岩槻は街の中央を日光御成街道が通る歴史の街>ととらえ、その今昔を対比して描いたらどうだろうかとなりました。調べていくうちに、国立公文書館に徳川将軍が通る日光御成街道を描いた絵図が残っていることがわかり、絵図と現代の街の対比という構想ができあがりました。主な撮影ポイントを決め、実際の撮影は2011年の暑い夏で、御成道や元荒川の河岸を役員一同で行ったり来たりして撮影しました。
苦労して撮影が終わり、編集を経てビデオの作成はビデオ編集ソフトを友の会で購入しました。実際の運用は、当時副会長だった中村均さんや私が自宅に記録用のカードを持ち帰って悪戦苦闘して仕上げました。
 ナレーションは現役アナウンサー
ビデオの出来を決めるものに音楽とナレーションがあります。音楽については、作曲してもらうわけにもいきませんので、著作権の切れた古典音楽を使用しました。静かな雰囲気のベートーベンのピアノソナタで、これで映像全体のムードができました。問題はナレーションで、これは素人では難しい。困っていると、ひとりの会員の方が「私の娘に頼んでみましょう」といってくれました。なんと当時のTBSの現役アナウンサーの広重玲子さんでした。これは幸運(もちろん無料)、映像と台本が完成した段階で、スタジオはないので、某会館の静かな事務所で無事録音できました。
 ビデオの最後の場面に、カメラをのぞき込む小学生の団体が出てきますが、これは撮影中にカメラが回っているのをそのままにしておいたところ、遊びに来た子供たちが好奇心でのぞき込んでいたのをあとで見て、これは面白いと使用したものです。残念だったのは購入した撮影カメラが中古で解像度が低く、現在のようなきれいな画像が撮れなかったことです。


◆会からのお知らせ◆◆

新年度<2026年(令和8年)4月~2027年(令和9年)3月>の会員証をお送りしています

◎前号会報に会費の「振替払込用紙」を同封し、多くの会員から会費の振込をいただきました。2026年1月末までにお支払いいただいた更新会員の方にはこの会報に「新しい会員証」を同封してお届けいたしております。まだお振込でない方には今号にも会費「振替払込用紙」を同封しております。よろしくお願いいたします。また、毎週日曜日に開いている博物館ロビーの友の会受付や友の会主催講演会などの受付にても承りますが、なるべく振り込みでお願いいたします。

今後の活動につきまして

 ●「友の会会報」をお送りします。
 ●次回理事会は4月10日(金)の予定。
博物館ロビーの友の会「受付」について
博物館ロビーでの「友の会受付業務」を再開しています。原則として毎週日曜日になります。
友の会の活動についての質問や参加の申し込みは必ず友の会の指定のフォームからするようにお願いします。また、埼玉県立歴史と民俗の博物館(以下博物館)自体が行う講演会や見学会については博物館の規定に従って連絡をしてください。
友の会への連絡フォーム]

◆開催行事の報告と経過◆
  • 2026(令和8)-01-07(水)まち歩きクラブ(墨田川七福神)
  • 2026(令和8)-01-28(水)プレミアム講座(なぜ“復活”できたのか? ~祭礼・行事の中断と再開を考える~)
◆今後の予定◆
(それぞれの規定にしたがってご応募ください)
  • 2026(令和8)-02-22(日)講演会(大石学先生 徳川の平和=パクス・トクガワーナ=と江戸の学び)
  • 2026(令和8)-02-27(金)まち歩きクラブ(江戸城見附巡り 第1回)
  • 2026(令和8)-03-07(土)第48回古道を訪ねて 中山道を行く(第12回)
  • 2026(令和8)-03-19(木)円空仏研究会
  • 2026(令和8)-04-13(月)円空仏研究会
  • 2026(令和8)-05-08(金)見学会(小田原)
  • 2026(令和8)-05-16(土)第49回古道を訪ねて 中山道を行く(第13回)

◆イベント案内◆ (規定にしたがってご応募ください)

* 情報は更新される可能性があります(イベントの募集終了・延期・中止など)。
* 実際の申し込みはこちらのリンクからお願いします →[ホームページのイベント案内]。

【区分】

■ まち歩きクラブ ■

【内容】

江戸城見附巡り(1)

【概要】 日本最大の城・江戸城には3代にわたって整備された螺旋状の環濠(外堀)と要所に置かれた城門があります。総称して江戸城三十六見附と呼び習わしています。まち歩きクラブでは昨年末の「東御苑」時に常盤橋門や清水門などを見学しましたが、続いて数回にわたり、この江戸城(特に外郭)に残された史跡である「見附」の現状を歩いて見学します。実際には江戸城の外堀に沿って反時計回りに移動することになります。第1回目は「浅草見附~牛込見附(飯田橋)です。写真は牛込見附跡の石垣になります。
【行程】 浅草見附(浅草橋駅)→(秋葉原駅)→筋違橋門(御茶ノ水駅)→ 聖橋 昌平黌 神田明神→小公園(昼食休憩)→小石川門(水道橋駅)→水道橋跡と神田上水碑→牛込門見附(飯田橋駅)
【日時】2026年(令和8年)2月27(金) 10時~15時頃 (雨天時は翌日2/28に延期予定)
【集合】午前10時 JR総武線浅草橋駅東口改札前 
【費用】交通費は各自負担。保険と参加費用:300円
【申込】 [ 申込フォーム]
【問合せ】090-1990-4807 つくい
【今後の予定】 ・江戸城見附巡りの第2回目(市谷門~虎ノ門)=6月予定、第3回目(虎ノ門~鍛冶橋門)=10月予定
・リニューアルした江戸東京博物館=8月予定
・5月(8日予定)に「小田原見学会」を開催します。戦国末期の攻防時に「総構」と呼ばれる城下町を囲み造られた壮大な堀と土塁─現在に残るこの遺構を見学。旧東海道を歩いて「鈴廣本店」で昼食。午後は現在の小田原城で歴史の跡を学びましょう。詳細は4/10に発表予定

[TOPへ]

【区分】

■ 円空仏研究会 ■

【概要】 見沼区 正福寺・観音堂 拝観
【内容】 新秩父観音霊場御開帳の円空仏拝観
12年に一度、午年に御開帳される新秩父34ヶ所観音霊場にある円空仏を拝観します。
正福寺(見沼区蓮沼)12年前は写真撮影不可 今年は? 12年前は 十一面観音像のみがガラスケースに入っていました
観音堂(見沼区宮ケ谷塔) 写真撮影可
【日時】2026年(令和8年)3月19日(木) 13時~15時頃
【集合】 2026年(令和8年)3月19日(木) 13時 アーバンパークライン大和田駅改札口
【行程】 アーバンパークライン大和田駅―(歩)―正福寺―(歩)―観音堂―(歩)―アーバンパークライン七里駅(解散) 歩程約2時間
【費用】 保険・資料代:200円。 拝観御礼は、お当番の方に各自お渡しください。
【その他】 ◆正福寺 十一面観音像 不動明王像
 

◆観音堂 龍頭観音像 菩薩像 神像2躯 写真撮影可
   
写真:『大宮の文化財Ⅱ』
【問合せ】090-4965-8275 斉藤文孝
【申込】 [ 申込フォーム]
①友の会ホームページより申し込み
 (問合せ 斉藤 090-4965-8275)

[TOPへ]

【区分】

■ 円空仏研究会 ■

【概要】 大経寺(八潮市八条) 拝観
【内容】 6年に一度、子・午年に御開帳される武蔵国三十三観音の番外札所・大経寺の円空仏を拝観します。
【日時】2026年(令和8年)4月13日(月) 13時~16時頃 
【集合】 2026年(令和8年)4月13日(月) 13時 スカイツリーライン草加駅 東口
【行程】 スカイツリーライン草加駅東口―(バス25分)―八潮団地―(歩10分)―大経寺―(歩)八潮団地―(バス)—スカイツリーライン草加駅東口(解散)
【費用】 保険・資料代:200円。バス代往復540円は各自負担。拝観御礼は、お当番の方に各自お渡しください。
【その他】 ◆大経寺 千手観音立像
像高2m43cmもあり、埼玉県下最大の円空仏です。下半身は臼を縦に二つ割にして上下に積み上げており、大変珍しい円空仏です。

【問合せ】090-4965-8275 斉藤文孝
【申込】 [ 申込フォーム]
①友の会ホームページより申し込み
 (問合せ 斉藤 090-4965-8275)

[TOPへ]

【区分】

■ 古道探索倶楽部 ■

【内容】第49回古道を訪ねて 中山道を行く(第13回)
【日時】2026年5月16日(土) 出発10時20分~解散15時30分頃
【集合・出発】JR高崎線 神保原駅改札周辺 集合10時15分、出発10時20分
* 出発時間が10時20分に変更となりましたのでご注意ください。
【行程】JR神保原駅―金窪城跡―陽雲院―勅使河原の一里塚―神流川常夜灯―諏訪神社―明治天皇行在所―高瀬屋旅館跡―新町駅
【その他】歩行距離は約7㎞、史跡巡りを入れると8㎞です。弁当と飲み物は必ず事前にご用意願います。雨具もお忘れなく。
【費用】資料代等・参加費500円
【申込】 3月10日より受付開始、先着30名様で締め切らせていただきます(可否は連絡いたします)
①友の会ホームページより申し込み ➁普通葉書に氏名・住所・会員番号・電話番号(ご自宅・携帯とも)を明記して〒330-0073 さいたま市浦和区元町3-32-25-202 寺内慎一宛
[申込フォーム]
【問合せ】前日まで寺内 090-1545-2848 当日小谷野(こやの)080-2075-2177


<友好団体の会合のお知らせです>

大宮郷土史研究会 令和7年度 第3回公開講演会
『 天正18年5月 寿能城は落城したのか 』

◆天正18年5月、寿能城は豊臣軍の侵攻による兵火にかかり岩付城と共に落城したのでしょうか。 ◆中世史研究者青木文彦氏が、関連文書や江戸・岩付と周辺地域状況、さらに当時の戦闘史料等から、落城と伝えられる天正18年の寿能城の姿を解き明かします。

講 師: 中世史研究者 元 さいたま市立博物館長 青木文彦氏

 日 時: 令和8年(2026年) 2月21日(土曜日)  午後 2 時 開演
 場 所:高鼻コミュニティセンター第五会議室 大宮区高鼻町2-292-1
 申 込: 当日 先着50名迄資料代等: 500円
 主 催: 大宮郷土史研究会
 問い合せ先 048-687-8253 または omiyakyoudoshi.2304@gmail.com まで


[TOPへ]